熊野 kumano (10) 2010

Pasted Graphic 17


人間は環境の一部であり、環境を条件づける。少し現実に返って、日頃のもう一つどこかでずっと考えている自然についての輪郭を書いてみようと思う。

道元は自己と環境との一体の経験を重視していると考えても無論良いが、環境破壊の理由を西洋のデカルトなどの起源に求め、日本において大きく広まり、発展を遂げたと言ってもよいであろう大乗仏教などの輪廻や、すべての生けるものや鉱物にまで宿る仏性をもちだして、こうした東洋的、日本的な観点を現代にふさわしいとことさらに強調する向きもいまだにある。

しかしながらすべてに仏性が宿るということの過程、すなわち自らもまたその一人であることの自覚への過程を踏まずに、その過程が飛ばされ、結果としての情報とその享受のみを授かり、これがある固着した定義を抱えだす時、すべてのものごとはそもそもそのまま安易に肯定される、疑うべきものではない、そのような一種の怠惰で生死に対して淡白な距離しかもてないような、生死への消極的な世界観を生み出しうる。

それは人間にとっての未来への理想、それにたいする積極的な意志、その力動をむしろ妨げる方向に働く。自己肯定は自己否定の否定としてあるのであり、そこに負と負のかけ算による反発力が生じるのにたいし、結果としての正のみが強調されそこによりかかる結果、過程としての負の状況に自らを置く、あるいはそこに置かれることの意義を失い、あれはああいうものであって、これはこれでまあ仕方がないという自己の力動とはかけはなれた消極的な肯定、もっといえば言い訳じみた無責任が露呈することになる。それは一つの形式主義であり、本来的な責任ということをともなわない、他なるものへ寄りかかった世界観でありうるだろう。それだけに容易に権力にとりこまれるだろう。

固着された形式主義からは、常識的なパターンをくつがえす例外を認知できる身体的な柔軟さは見いだせない。現代において形式主義は次第に身体からもはなれて言葉の膜を帯びて神格化される。その神格化のなかで現状肯定、なすがままとなり、自らを問わずに逃げるように他者をたより、安直な自己弁護的な肯定と否定を繰り返す。目的意識がなく、反省することのないままに人間が機械の部品のように動く、目的の誤りを指摘するものは、形式主義と隣り合わせにある暗黙の巨大な権力によって徹底的に排除される。

江戸期においては、仏教とは離れて、貝原益軒や荻生徂徠、二宮尊徳のように、儒学あるいは朱子学を三者三様にではあるが解釈し直した人物によって、人は万物の霊長であり、環境を人間が条件づけていく、すなわち自然を人間が支配しうるという、いわば実践的思想がみられた。土地は荒廃し、自然環境はおそらく今のように気安く自然と戯れるというようなものではなく、極度に貧しく厳しい封建制度のもとで明日命を落とすとも限らないような、きわめて厳しい環境に置かれた人々が暮らすなか、土木や治水への技術に対する期待は大きかった。 つまり少なくとも非人間的な暮らしから人間らしい暮らしへと変革をうながすための実践的な学問がその時期に形成されていた。このように江戸期において仏教のみならず、朱子学や儒教の影響も大きい。

明治初期においてもこうした気運の高まりに乗じて西洋の技術を適応しつつ豊かになっていくことが必然的に目指された。西洋的な技術への疑問や抵抗よりも、そうした技術をうまく取り入れ人間の住みやすい世界を創ってゆこうとする必然の成り行きが生じたとも言える。そしてこの受容は、西洋を否定するどころか、西洋の速度を超えるばかりの適応能力を内包していたとさえ言えるだろう。

江戸期においては、人の道はあくまでも人の道、人道であり、作為であるという自然観を内包し、同時に天道の教えから差をつけるように人道を分離し、宇宙の根源的存在としての理法を一面において否定する、それはあくまで当時においてはであるが、封建的な社会制度の絶対性を否定し、裏を返せば人間が個としての独立を目指す営為でもあっただろう。

この内的な力動とともに、たとえば草木を殺生することは人道にかなうこととされるのは、当時の社会的な過酷な状況からしてある意味当然とも言えるし、民からすれば生きる為の知恵であり、一つの健全さであるとさえ言えるだろう。かつては空海も治水などの実際的知識に長けていたというが、江戸時代には道元をはじめとする仏教的精神的な世界観とは異なる、こうした実際的な方法がとられたといってもよい。

こうして自然を支配し、人の理法をもって自然を条件付け、人間の生きやすい環境にしていくという実践、そして西洋の発展的な技術を取り込んできた事実は少なくとも江戸から明治期にかけて我が国に実際存在していたのであり、多数の見解があること自体は歓迎できるが、たとえば現代の環境問題を単に西洋文明の責任に転化することには問題がある。

だが、それから百年以上が経ち、技術革新の驚異的な連続的営為とともに、個々が実生活のなかに生きる実感とその意味を空虚のうちに失い、技術と生活が離ればなれになりつつも、世界(自然)は西洋東洋を問わずあまねく人間化された。それは自然が資源として化して、自然は環境として認識され、ほとんどすべての世界は市場化し、経済化したと言い換えられる。

だが高度資本主義社会のなかで世界は一体化したようにみえて、一体化に排除されるところでは深刻な殺戮が生じているうえに、憂慮すべきなのは固有性が次々となくなり、文化は平均化され、あらゆる情報がマスコミなどを通じて、知らず知らず何ものかに支配されるという構造を帯びたことだ。思想さえもがそれによって伝播される。

人間が部品化されるなかで、 世界を支配するために、本来的な責任をとるべき場所がそれを回避し、部品としての個々の自己責任という形で変換されるように押し付けられる。 このように、現代はいかにも複雑怪奇で怪物的であり、不健全で不気味に映る。

アリストテレスもそうであったが、レイチェル・カーソンもまた(現在においてこそ様々な批判にもさらされているようだが)、「何のために」ということを意識せず、与えられた課題に単に技術的に取り組む過程の怖さを指摘した。こうしたばあい、時として予期しないような事態が生じやすいばかりか、それに適切に対応できないということもすでに彼女は指摘している。原発問題はまさにこの通りのことが生じているということだろう。形式主義と責任意識に欠けるこの国で生じたこの問題の根はあまりにも深い。

見返りのない天道を忘れ、見返りを求める作為としての人道、あるいは政治的天道のみに依拠し、あらかじめ権威ある家や父や君といったものが暗黙に尊重され、それに寄りかかって安心する一方、自ら自身への、あるいは自らと遠くはなれた世界への想像力は欠如し、安全ということとそのリスクについても論理的かつ冷静に考えにくくなる。このような体質は、どうにか変革しなくてはいけない。一例としてあげた、環境破壊の根拠を安易に西洋に求めることは自らの歩んだ過程の道を省みない責任転嫁の良い例であろうと思われる。

物質的に豊かになるために技術を用いるのではなく、これからは一人一人のエネルギー消費を縮小するために、すなわち貧しくなるために、生活様式を変更していかなければならないのだろうが、このような道をこれまで人間は選んでこなかった。なぜなのか。仏教のおおもとを少しかじってみると、紀元前三世紀にまとめられたブッダの動植物を慈しむ言葉は、具体的な経験に基づいて非常に豊かに書かれているが、これは本当の意味においては伝承されてはいないだろう。

自然への環境付け、バランスを失わせるまでに行き過ぎたその方法と目的を転換し、国家権力としての天道を生きる身体が避けつつ、 負の遺産の残したものに正直に眼を向けて人道としての作為のベクトルを方向転換し、さらに自然との具体的な関わりを通じて仏教ならば生けるものの生と死の尊厳をとりもどし、朱子学ならば見返りのない真の天道を生きる、安易な肯定に安住せず未来へと意識を高めていくこと、このようにして、この転換期を乗り越えられなければならない。

このことはこれまで人が本当には選択してこなかった理想論ではありながら、実際上もはや避けては通れないだろう。自然に感情移入し理想を語るだけではどうにもならないのかもしれないが、そうでなければ少なくとも人間の住む地球環境は、ほどなく終焉をむかえるといわざるをえないのではないだろうか。

(今日書いたことは、ふとしたことから思い出した農学部時代に出会った私にとってはかけがえのない恩師から学んだことに、特に江戸期の自然観を中心として大きく依拠しており、さらに今の感覚をこれに補足しているが、現時点での自らの感じ方、考え方としてさらに言葉にしておきたかったため記してみた)