granada(13), spain 2008

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昨日は斎藤徹さんと瀬尾高志さんとのベースデュオを西荻窪アケタの店に聴きにいった。今、瀬尾さんのもとにあるベースは、かつて私が弾かせてもらっていたベースだ。それも、もとはというと徹さんが弾いていて、ガン&ベルナーデルというライオンヘッドのベースがきたときに、徹さんから譲り受けたベースだった。瀬尾さんはお名前の通り「志が高い」演奏でベースも喜んでいるようでうれしかった。この、その昔手元にあった、今は瀬尾さんのそばにあるベースもすばらしいベースだが、徹さんのガンベルはよほどすばらしいベースである。バール・フィリップスさんとのガンベルどうしの楽器交換のときを思い出した。そのときのフィルムを徹さんの娘さんの真妃さんが奮闘して現在徐々に編集している。フランスの楽器職人やバールさんへの身近な視点のインタビューもあって、貴重なフィルムのようだから、最終的にどのような交換の物語になるか非常に楽しみに待っている。そしていつも大変お世話になっている鶴屋弓弦堂の鶴田さんと河原さん、クレモナで楽器製作中の鈴木さん(この方もおもしろいことに名は「徹」さんなのだ、この楽器職人さんにもきっと将来大変なお世話になるだろう)にも会って楽器についての話ができた。昨日はそんなベースの関わりもあって、楽器は奏者で音が変化し、奏者は楽器によって育てられる、そして色々なことが楽器を通じて受け継がれ、新たにあらわれてゆくということが身近にわかって理解できる時を過ごした。

さて、昨日今日とかなり集中し、色々と楽器でやってみて思い知る。「微明」こそ私にとって必然なのであり、根本をいじる必要はないのだった。変奏すらかなり意図的になることをよくふまえることだ。どう弾くかが最大の問題であり、もう一つ二つの局面を生じさせるために少し工夫をすることでさえ、その弾き方と音の揺れ方は大幅に異なる。構造的な変化を最小限に抑えて、その抑えたとはいえ少し変化を加えるなかに、心を新たにすることが肝心なのだ。その最小限の変化のなかに最大を圧出するよう密度を高くすることが、この一年という必然ではないかと思う。そして焼いた写真をよく見て、そしてよく聴くことをふまえることだ。しかし、それはもう穴のあくほど眺めた。しかしそれにしても、やっと形にはなってきたが、バッハの技術がまだまだ追いつかない。昨年、徹さんに同じ曲(バッハ)を一千回やったら?と教えられたことを思い出す。もうあれから一年経つのだ。


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(追記)
またベースを弾きだしてみる。日々変化する時間と音、そして言葉。思考することは一つの原動力となるが、ものの存在のあり方が未だにわかっていない証でもある。だがわからないものごと、死に向かって日々が過ぎていくことに最大の喜びと哀しみがある。最近は記憶と混沌ということを掲げてみたが、昨年の「微明」の演奏もまさにそのようなものだった。この態度をあくまで崩さないようにして、今回展示するポルトガルの写真の光景とその記憶につらなる音を何とか探り当てたい。そのためにここまで心を大事にひっぱってきたのだ。昨年は5年から10年溜めていた必然性があった。その必然をさらに1年分押し出し、かつ昨年秋に訪れたポルトガルの記憶に降りていくような音を奏でたいと思っている。フェルナンド・ペソアの本も昨今繰り返し読んでいる。その全体が非常に全体として奇妙なる文書であり一つの矛盾であり、かつ非常に魅惑的なこのペソアからどの言葉をひこうか、どの言葉も光に照らし出された表とその裏にある影を同時に映しているかのようだ。しかしその影は多様で、一つの言葉を抜き出したとしてその言葉がすべてを語ろうとしない点がペソアの魅力である。ただペソアにとっても「夢」ということが最も重要な言葉の一つとしてあるように感ずる。ポルトガルの夢。