京都 kyoto(7), 2008

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雨はようやく一区切りついたようで
暑い夏の終わりがもどってきたようにたくさんの方々がやってくる

毎日毎日新しく最低十人ほどの方と出会って新しく話をする
それほど親しくはならないけれど
でも通じ合うものもやはりどこかにあって
笑顔や怒った顔や心配そうな顔や安堵した顔や
いろいろの顔と無数の声が脳裏に混ぜこぜになっている
カルテをみてはこの人はこんな方だったかなと
想像して思い起こしてはまた出会う
白紙であればどういう人かなと想像する(ゆっくりとはできないのだけれど)
そしてその繰り返しが今日も続く

言葉の意味よりも
言葉を伝えるその響きのなかに
その人間のあり方が如実に現れるから
同じことを言ってもその内実は全く違う

時に沈黙することが
最もよくものを伝えることさえあるだろうが
沈黙を開くための言葉というものもあるだろう

さしたる意味のない言葉のなかに
最も重要な音やテンポの現れ
その人その人の感受性が
最も端的な形で現れている

説明しはじめる前に
こちらの言わんとしていることが
初めて会った相手にすぐに直観されてわかるのは
相手の仕草や表情を感じ取って
最初の言葉をそのようにうまく使えたときである

おはようございます
という挨拶も
そうした響きのなかにあってこそ
本当のありがたみがある
挨拶が美しいのはそのためだ
いくら照れ屋さんでも
本当に美しく挨拶されると
少し心が開いて言葉がでるということもあるかもしれない

左眼はまだ良くならず眼帯はもう少しとれないけれど(たいした病気ではないようでした)
当たり前の日常的な一言一言を
単純な「本音」の言葉を
大事に生きよう

どんなに忙しくて疲労していて体調が悪くても
そうした言葉をできうる限り大事に生きることのなかに
人と人の調和が生まれるのを感じて疲労を癒そう
その背景には深い深い命があるのだから