筋目書き(十二)


R0013321

下呂 gero (13), 2009



山河大地日月星辰、これ心なり。


<道元>


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筋目書き(十二)


竹の葉が風にうごき、光が葉に映るのをみながらうっすら眼を閉じる、耳が澄まされる、草や鳥の囁きの変化がより微細に聴こえてくる。竹は風にしなると隙間に空気が溜まるようにうごく。竹同士は葉が掠れても幹はぶつかることなく、風に吹かれるまま螺旋状に少しずつ塊をなして退け合わず自然にまわるのがぼんやりみえてくる。意識がふってわいてあらわれ、留めるにせよ留めないにせよ、たちまわって溜まりをつくっては言葉は素早く消えていく。何かを見いだそうというのでもないのに心の細部にわいてくる何か。世界を対象化する限定からはずれた場所に呼びだされ、その余白に自己があらわれる。外部にも内部にもある何か、それは内部にも外部にもない空だろうか。動く竹の囲う隙間が象る背後にみえてくるそらのようにこの手はそれをつかめない。竹が風にしなるとき音は空に近い場所から降りてくる。写真は竹の実在とぶれた風、その背後にぼけた空を写す。言葉で音は聴けない、言葉で写真は撮れない、言葉は空を知らない。心は、空の経験の明るい余白に瞬く間に深くあらわれてくる。心は、風に吹かれる竹の隙間に広がる空に遥か遠く映されてある。
                          



● 正法眼蔵の「心身学道」から。連休を利用して訪れた台湾の麗しく魅惑にみちた雑踏からかえってきた。気さくで明るい写真家、陳敬寶さんに会えて良かった。彼に非常にうまい地元の屋台の海鮮料理をごちそうになったうえに、小龍包がどこで食べてもあまりにも美味で久々に食い倒れた。若冲の墓のある京都の石峰寺、羅漢石仏とともに手入れよく林立する風に吹かれる竹のしなりを思いだしながら書いた。日本からはなれたように道元の文脈からはなれて、台湾の街のなかに一瞬溶け込んだように石峰寺でみた空を心にむすびながら。科学者がときどき自らの場所に見いだした偶然の産物を気にかけてこれを追いかけていくと、根源的な問いと発見に導かれることがあると、最近知人の研究者から教えられたのも影響している。


● 禅は近代において概念化されてきたようだが、概念化する知は統一的に世界をとらえ、啓蒙することによってある広がりをもつ面はあるが、行き過ぎれば危険な面も十分もちあわせているだろう。何かに浸食する力を持ちつづけ、反対に力に浸食されもする。概念化による質の形骸化もある。身近に思う例をあげれば「多様性」や「ゆとり」も自他の相互的確認の受け皿どころか、現実的には主体の逃避の場として欲望の肥大化と細分化、それによる自閉的な連携の喪失に寄与し、各々がこの社会を生きていくための覚悟や自覚もうすれたように思う。震災後の「絆」も言葉による現実の空洞化と感じられて、個人的にはよい印象は受けない。言葉は道元にとってそのほとんどが客体であり世界そのものであるように感じられるが、その影として主体的言語がはっきりみえてくる。だから主体は世界の一部としてある。主体は客体への力として肥大されるべきものではないが、わざわざ滅しようとすべきものでもなく、あるいは完全に滅し切ることもできない。何かをきっかけとして空しい心にふとかえってみれば、それは単なる欲望や意識、知や概念ではないし、全くの無であることもなく、空しい場所に自ずから入り込んでくる何かが必ずあらわれてくる。それがまずは自己であり主体というものだろう。


● 何かを言葉にするとき共通した伝達の意味の言葉のなかにいるのと、そうではなく発見の言葉のあり方のなかで語るのとは違う。前者も無論必要だが、言葉を意味として追求しすぎず、どこかわからない余地を残したまま主体の意思を客体化しては削り、言葉を逃れながらそれでも残されたもの、そこからまたはじめるこの繰り返しは、意識よりも経験としての動きである。詩においては経験そのものが意識に先立つということもできるかもしれない。たとえば「空」といってもそれを言語化し概念化して名指した時点でそれは「空」ではない、だから言葉ではたどりつけない。言葉でたどり着く必要もないが、だからといって語らないのではない。比喩で伝えるばかりでもないが、言葉の余白に浮き立つ影をのこしながらそのまわりをまわる。主語と述語の意味的連関による言葉の推進力ではなく、比喩の余白が主語と述語にのりうつる、体言止めの余白が語りだす。はっきりした対象もなく語りかけながら言い切っていくことは、断ち切っていく言葉の隙間と余白に自己とその自然が、聴かれるように見いだされること、それを読む自他の心がそこではたらきだす。心は本来、純粋経験といった概念化を拒むもの、身体的経験と記憶を即座にうつす自然のあらわれだろうか。言葉が経験であること、経験が意識として言葉にあらわれること、意識を意味の言葉にすること、意味の論理が導く概念の言葉は、おなじ言葉でも違う様相にある。道元は近代以前に生きたが、そのすべてを同時に内包しているように見受けられる。一切同時現成なのであり、文の構成、息の吐きかた、行間など、内容だけでなく言葉のあり方そのものからも学ぶことができる。だがこちらが自らの自然を受け止めずに欲を出せば、それだけ道元は、そして心の言葉は遠ざかる。現代の日本は自然経験と解離することによって、心の深く通いあう言葉のあり方、言葉を遊ぶ自由やその手本を徐々に失ってきてしまったのかもしれない。


● 大野一雄さんと「心」

自然は、人間の言葉の及ばないところで時間と空間を分有している何か、人間が人間のために改変してきた時間空間よりも実際はるかに速度が速いと感ずる(無常迅速/「正法眼蔵随聞記」)。その速度は表現できないほどであることはこの私にも感じられる。それは人間自身をも貫いていて、竹を丁寧に手入れして残して風にそよがせ、そのまわりを歩くこととつながっている。

舞踏家、大野一雄さんの動きにかつて一瞬観たような、一見するとまるで意味のわからない動き、けれども何もない空気がしみだして響じてこなければ人が息つくこともできない、聴こえず、みえず、ふだんは感じない風のあらわれとして、「空」は表現されうることがあるのではないか。それはあの自然の速度を背景としているだろうに、なぜかとてつもなく遅くみえる。速さに追いつきながらそこに生じては消える意識の刹那に生きる生き方とちがって、いまもずっとここにみえるその姿は「空」を通じた心を、まさにあらわしているのではないだろうか。

十七年前横浜でみた舞踏、身ぶりの瞬く一瞬一瞬の時間の束が、記憶という言葉からも漏れだす何かが、明るい空をただよう意識の余白で得体の知れない深い情とむすばれて、はるか遠くから時間を超えてこの身体につぶやいてくる。その場で消えていく意識や言葉、変化する自己とはちがって、それとはまた別次元で身体にはっきりうつしだされた心は、時の出現をまたない。

死のあたたかみのうちにあるような心は、死への意識の恐怖をはじめからこえ出ている。この自他の自然に一切甘えることのない厳しい舞踏家は、自来あまりに尊いその自然、心というものをその自然、身体のうちにまさに示しているように思えてくる。心もまた世界に等しいということを、その意識ではなく、身を削って伝えているのではないか。

山河大地日月星辰、これ心なり」、道元はこの箇所のあとしばらくしてこう続ける。「心に他ならない山河大地は、等しく有無の外であるから、大小の量ではない、何所かから得るものではなく得ないものでもない、認識不認識、通不通、悟不悟などによって変わるものではない。心をそうした相対のなかに捉えてはならない(石井恭二氏の訳)。」

氏の舞踏においては、その心と身体は絶対的な自然であって、さらにそれらは同時現成してそこにあった。自然の速度に等しいか、それよりもほんのわずかに速いために非常に遅くみえる、量をも超越している場所、動物の、木々の、人間の、世界の、声なき声が身振りの隙間にもれだしてくる。あの場にいた多くの人がそうであったように、氏の声を私も確かに聴いた。説明できないこのあらわれはいつまでも響く、だからそこにあの踊りが本当にあった、いまもある、といえないだろうか。死者は心に生きている。