熊野

筋目書き(四十一)雨月8 白峯の瓦礫

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「現存するものを、破壊的性格は瓦礫にしてしまうのだが、それは、瓦礫のためにではなく、その瓦礫のなかを貫いて通る道のためになす業なのだ。(W・ベンヤミン『破壊的性格』)」白峯においての崇徳院は、今回の引用断片に示されるようにベンヤミンのいう「破壊的性格」をもつように思われるが、同時にこれほどの予言者が他にいるだろうか。すべては崇徳院の言う通りに歴史は描かれる。理解されることのないまま、誤解されるがまま生き、流動に生きる実存の破壊者が、同時に未来を予言しているという背理に魅かれる。崇徳院にはあらゆる場所に道がみえていて、道筋の裂け目、歴史の先端部にいつもその身体があるようにみえる。それは即興的でもありながら作為的でもあり、なおかつ予言的でもある。音を出すことにおいて、世界を破壊し汚すことの粗暴な力ではなく、その洗練された意味をここに見てとってもいいだろう。…写真と本文へ… to photo and read more…