犬山 inuyama(22)2009

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何かを実感してそれを言葉で断定しそうになるとき 既に次の問いが生まれている そうである あるいはそうであった が それで どうなのかと 重ねていくことが 具体的な私にとって大事なことであるように思われる 時間がないと思っていたがそうではなく 時間は意外にも長い だが 人生は、はかない 身体が楽になってきたと感じだすと 笑いに近い感覚がでてくる やはり疲れてはいても かれこれ二十年間つきあっている慢性病も 少しよい感じがする そこはかとない笑いのなかにそれを受け入れているからか 嘲笑ではないが どこかにいるもう一人の私が 私を笑っている 別段否定的というわけでもない 別人の私がそう言っている 山のお寺に登ってきた 頂上で紅葉と月をみて本当に笑ってしまった 何を笑ったのか 月にみる私をだ 階段をくだりながら 笑いということについて深めなければならないと感じていた なぜかこれまで非常にとっつきにくかった源氏物語も 読めるような気がしてくるのだった

話は変わって とある雑誌の表紙写真を任されつつある 頼まれたのもあるが私はボランティア 対象はふだん忙しく働いているような人 だとおもう 縦位置の奇麗なデジタル写真ばかり これはこれで面白いと思えるようになった これは甲乙つけがたい二枚の写真といわれ さあどうすればいいか こちらが甲というイメージで こちらが乙というイメージです という笑えない冗談ではなくて 優劣をつけるには まずはもう一人の私が 心底から現象としてのこの私を笑わなければ 甲乙をつけることはできない 

話は転じて 古典になじんでこなかったとはいえ 上田秋成の特にその文体にどうしてか強烈に魅かれたのはおそらく 今にして思えば このような笑い飛ばしのような感覚を彼自身の作品に対してもっているからだったのだろうか 彼の笑いの感覚は笑いを否定しさらにそれを否定した冷めた暖かい笑いなのだ イギリスのガーデニングから日本の庭園をみて笑うようなものか 無論 馬鹿にしているのではない 猫をたくさん飼っていたという国芳の得意な猫 私の別人とは国芳にとっての猫だろう 英泉は少し技術に傾き過ぎ ものすごくうまいけれど 北斎は笑いの魔術師 本当に凄い 天才とは北斎のことだ


さらに笑いと関係なくなるかもしれないが今日書いておきたい 昨日は知人の受験相談をしてずいぶんと語った 少なくとも受験を控える不安な高校生の心には響いていたように思い 懐かしくまたうれしかったのだ 具体的な入試問題についても考え方のイメージ 物質や光の振る舞いのイメージまで話した こういう受験問題というのはある意味においては簡単のようにも思われる 大きいか小さいか 速いか遅いか 曲がるかまっすぐか そんな単純なことのように思う 理屈はあとから難しくついているだけ 理屈を学ぶのがめんどくさいけれど論理的な思考は大事だ 方法をつくるためのさらなる手段 だが根本はイメージがわかれば 点数にならなくとも解けたも同然だ そう思っていたが 私の場合これが甘かった 幾何学の補助線こそ美の極致と思っていた だがこれでは現実が許さない 試験というものは点数で決まる こういう怠惰な性質は今の私にもあるから反省しないといけない そうして何度も受験に失敗したが最後には役立っている 世の中には最低の決まり事というものがある 子供が隣のうちに入り冷蔵庫を勝手に開けて食べるようではやはりいけない 大人ならなおさらそうである 身をわきまえるべきときを誤ってはいけない 子供のしつけは大事だ 教育はますます困難になってきている

受験時代の私はと言えば 高橋正治先生という予備校でお世話になった古文の先生の思い出がある 二十歳くらいのときに出会った クリスチャンで私立大の国文学の教授だった 先生の教育セミナーは「人間の位相」と題されたもので 数百人は入る会場で浪人生は私一人 あとは中年の方々が四人だけ 学生は私以外誰もいないという先生だった それでも今日はきてくれて感動したとおっしゃってから 感動とはどういうことかということから始まり イスラム哲学から仏教 古典へといざなう真に心打たれる講義だった 今もときどきひもとく井筒俊彦氏の「意識と本質」を読み出したのもこの講義がきっかけだった この本はいまでも相当難しい あのとき終わらないでほしいとずっと聴いていたかった 最も印象に残ったのは 定年を迎え六十歳から一つの本を書き始めるときがやっときたという告白だった 会場に数人だったからかもしれない だが先生は数年後に海岸で 何かに導かれるように急に容態を崩してかえらぬ人となった 集大成はならなかった もう一度その大学に会いにいこうと思っていた この最後の授業を今でも忘れずにいる 胸の内にいつまでも秘めておかないほうがよいとこの身体が あるいは別の私が要求するので 今ここに書いている

尊敬する高橋先生もどこか不真面目で 面白かった 特攻隊の生き残りとしての生かされた命 その命において溌剌としていて 笑いに満ちていた 墓に入ったらまたお会いしたい