SEVILLA (spain)

sevilla (9), spain 2008

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巣をなくした燕の羽の動き

断念し離れていくように
脱していくように
表出された音のリズム
離脱音の力
生命維持の意思力と
別なる生への契機
離脱音の跳躍
そのリズムは生命を欠くことはない
燕の意思を鳴き声に感じ
羽の躍動にリズムの絶対性を感じる
すべては感じ取ること

胎児の鼓動もまた絶対的リズムのなかにある
心音の倍音とともにあるその自然発生的なリズムは
ずれを内に潜ませ次への躍動を溜め込む
血液の離脱生成反跳する自発的鼓動
離脱を促したリズムは再び刻まれ
心臓は無償で打ち続ける

燕は古巣にかえり再び
似て非なる時空を生成する

音楽という命の息吹の一つの力は
時空の離脱生成の運動であり
絶対的リズムの表出である

離脱をはかるために音楽的本質への希求がある
同時に離脱することはリズムの誘発であるだろう

そして言葉の離脱
すなわち言葉のリズムの誘発のなかに
詩の生成の萌芽があるだろう
人間にとっての音楽があるのならば
音楽は必然的に詩を含むものであるだろう

日々の鍛錬として書き続けること




sevilla (8), spain 2008

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ほとんど「音楽」を聴かなくなった
CD
の音楽をたまに聴くと
以前より耳の感受性が非常に厳しくなっている
良い演奏は息づかいまで手に取るようにわかるし
作曲家と演奏家の個の領域から外れた部分に神経が集中する

楽器演奏もこの手が本当に動きだすときを待っているだけで
少しだけ触って手入れをする日々が続く
音はあえてあまり出さない
音を出さないことが楽器に良くないという
ある種の強迫観念もやっとなくなった
楽器からの音の匂いを感じていれば
少しの手入れで最大限の音の保持ができる
このことが常に新たな音の発見をするために重要なのだ

今までの技術の保持ができるか否かは全く問題とならない
学んだことの本質は身体に宿している
技術の保持という目的意識はかえって
音楽的創造を邪魔する

なぜ音楽を必要としているのか
この衝動の在処を知ることからすべては始まる
それは言葉で表現することはできない
言葉で表現したらどこか外れる
外れた部分こそ音楽的領域であって
逆説としての音楽が要るのだ
その大本に立ち返れば音など容易に出せなくなる
当たり前だが言葉で表現しうる音楽は音楽ではない
楽器は自然と交感する直接的手段であって
結果としての音楽は言葉を本質的に逸脱する
その逸脱と過剰こそ音楽独自の力だ
それがなければ楽器など不要なのであり
自慰的言葉の羅列をしていればよい

音楽は人間の自然宿命である言葉に密接に関わりつつも
そうであるがゆえに必然的に言葉の領域をはみ出す
いわば言葉の絶対的逆説であり逆光である
言葉に潜む闇が照らし返す自然的力動であって
本質的で身体的な「感動」である

音楽において呼吸が大事なのは
人間にとっての呼吸が言葉と意思と自然生命
そのすべてに関わる中枢に位置するからである
音楽は肺の機能が未発達な母の胎内ではなしえない
そこには聴覚があるのみだ
生の底に宿り聴覚の先見性と受動性をもって生まれてくる胎児
付与された音から自発呼吸へと連なる転機
誕生の奇跡、誕生の神秘から音楽が始まる
人間という宿命を背負い成長とともに失われた
奇跡的覚醒を再び今に呼ぶこと
音楽はその意味において死よりむしろ生に密着しているのだ
死者のための音楽
それもまた呼吸が停止したものたちへの
語れぬ生の息吹なのである
生きなければならない
経験し得ぬ死へ向かって
音楽とともに

今、一つの予感としてあるのは
休みの晴れた日の昼間に木曽川沿いに楽器をもっていくだろうこと
まずは軽いいわば不得手なビオラ・ダ・ガンバをもって精神的負担をゼロにし
意識のゼロポイントを呼び込みやすくすること
自然の風になびかせること
自然の聴こえぬ倍音をこの身に浸透させるために
鶯の微妙な声の変化を毎日聴く
そうすることで代え難い聴覚の柔軟性を得ることができる
それは耳の相対性ではない
耳の絶対性であるだろう

自然の声と自己の内部自然を
ある種の絶対性をもって対比させること
鶯の鳴き声が言葉の意味なき意思
生の呼び声すなわち音楽として
耳に響いてくるまで




sevilla (7), spain 2008

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地に這うように出現した霧
霧がついに隠しきれなかった山頂を凝視しつづける

流転変化し広大不変なる世界によって否定される自己
自己否定の感受は同時必然的に
世界を肯定する生きた自己の発見を促す

その肯定の仕方は
意識の拡大や矮小化による世界の延長や狭小化ではなく
世界と自己が同一であるという覚醒そのものである

その垂直方向の運動のなかにやがて
あらゆる表現が無に帰す

自己の自然を自律させること




sevilla (6), spain 2008

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田畑で長年培われた老人の鋼い手
生の凝縮された沈黙の岩
土気の多い手のわずかな隙間に入り込んだバクテリアも
しまいには手の岩の進化を助ける

青々とした世界のなかで
穀物をつつく鳥の飛び立つ時空の彼方を
老人はみている

天と地の交点にあって
鋼の手は異物と共鳴し
手の意志を貫く




sevilla (5), spain 2008

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音源に対面して音を聴くのではなく
音源の背後から音を聴くとき
演奏者の息づかいや身体感覚がよくわかる
何かに対面しようとせず
何かにいわば追随していくことによって
身体の予備能力が呼び覚まされ
身体感覚が音という一つの現象のなかに
深く降りていくことができる

言葉の前に感じている地肌の感覚が浮上してくる一方で
言葉の力がこの地肌の感覚を持ち上げる契機となっている
想像力ー言葉の究極的な形は
日常の出来事の抑揚に密着しそれらを徹底的に感じ取る形において
鍛えられなければならない

木曽川の水面を毎日みていると
水面がみえない風の倍音に揺れている
青色と桃色の際限のないグラデーションのなかに染まったその水面は
色彩の連続した無限の変化のなかに輝く
セザンヌはそうした地肌の感覚で
色の言葉を見出したのかもしれない
色の言葉が夢と現実の接点となり
現実が絵画という夢のなかで一段と現実の力を帯びる

日々眺めている川縁の新緑
咲き誇る花々の生命力
人も自然の一部にあって
それぞれ生きている
そのものたちの聴こえない倍音に
地肌の耳を傾け
音の言葉を聴く

想像力を言葉によって鍛えて
鍛えられた想像力で写真をみて
言葉を失いつつ
写真の言葉を聴く




sevilla (4), spain 2008

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立体の絵画
広重の線に溶け込んだ
失われた雨の一滴は余白へと沈み
風の幽霊と化す
切られた裂け目に立つ一本の木は
その一滴の雨によって乾きを潤す

岩の山にあたる月光が乱反射した瞳の奥に映る
網膜に揺れた一本の木はささやく
自公転に抗わずに
だが岩が地を食い尽くしても
ここに立っている

生命の自発的渇望ゆえに
満たされる生




sevilla (3), spain 2008

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二つの旋律
光と影の交差

光のなかに影がしずみ影のなかに光がしずむ
空が光であるなら時は影だろうか
満月は晃晃と地上を照らし
空に生き残った星の命ははかない

強度の増幅した風
雨後の川の流れ
鋭利な音が岸壁から侵入する
静夜

浮き彫りにされた月光
影の山がささやこうとしている
始源の音

夜明けと夕闇の対話
相反する力が結合する
四次元

生むものと生まれるもの
宿る奇跡は
光と影の交差のなかに
道を開く




sevilla (2), spain 2008

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風の宿命は流れること

明治大正に撮られた犬山の地の写真は
流れる風を今という一瞬に止めていた
人間を介して風の微分となっていた写真

しかし人間が今ここに立っていなければ写真もまた存在しない
そのとき写真にみえるものは
時空の内側と外側であり過去と未来そして現在

写真は時の使者たる風の
人間を介して微分された一つの形態である




sevilla, spain 2008

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ある日の花はその日の花の姿にすぎないのか
花が何日もかかって開いていくのを
花が何日もかかって萎れていくのを
ゆるやかに眺める
内なる花の匂いを嗅ぐために

花の影にある存在をじっと感じる
花という存在のゆるやかな動きのなかに
時の流れと時を支えている空間をみる

子供の頃庭でみた木瓜の花の匂いが
鼻の裏側に残っているのを感じる
日の光
土の匂い
塀のしみ
踏切の音
すべてを肉体に感じていた子供の時間
私はいまそうした時間を生きている
幼年時代という内なる時
不意にその姿を現した
いまという時間

花は私と同化し
花を花としてみるのみならず
花を私としてみている
内なる花の匂いを嗅いで
花の入り口に立ち
風が花の揺れをまねくのを待っている

ある場所にふく風は時の流れを運ぶ
風は空間の摂理を形づくり時を呼ぶ
そして時の流れは定まることを知らない
その風を聴くことが心の動きを呼ぶ
心が身体と同一であるなら
楽器は手に導かれるだろう

そして内なる花の匂いを嗅ぐという問いのさらなる内奥には
花の最も内なる匂いを嗅ぐという問いが秘かに眠っている

絶えず循環する大気の流れが
ある空間的条件に支えられて出現した息吹
風の運動は変幻自在古今東西
絶えることがない
夕闇の川岸に忽然と浮かぶ人々を育んだ犬山の城下
その空間を壊滅させ人々の生活の根を断っていった伊勢湾台風
生の間隙をぬうように吹く
時の使者
時の死神

花の最も内なる匂いは
生の間隙をぬう風に揺れた花の宿命を
一瞬に
永遠に
嗅ぐことのなかにある