犬山 inuyama(9)2009

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影 光 涙 

空間から影をみるのではなく
影からみれば空間はどんなにみえるか
空間の少しの偏りから漏れだした
非対称な空間からはみだした影
影はみたところうすく実体がないが
影のなかに入って影を深く漂っていく
影に充満するひたひたした何かを通ってその迷路に息を吐いていくと
影のなかの存在
影のなかの光が
いつともなくうっすらと顔をのぞかせてくる
影のなかに揺らぐ何かがみえたとき
ほのかに聴こえてきた
そこにどことなく察知されていた
影のなかの影が
影の光となる
言葉をまだもたない幼児の一聞して幼稚なリズムと旋律に
時にとてつもない深さが宿って聴こえるように感じられるのも
旋律がそうした影とともに歩んでいるからだ
あるいはまた
言葉をもたない幼児の身体こそが影と光のまさに間にあるからだ
影をみてそのなかを想像してみることよりも
影は身体が入っていくときその奥行きをあらわす

たとえばバッハの音の空間は
このような影の働きに似ているように感じられる
はじめから影をみようとせず
そこにみえないものがみえないままに身体が入っていく
影のなかの影を感じ
影のなかに漂うその微かな明るみをこの身体が追うように弾いていく
バッハは存在の裸体にぴたりと着物を着せているようだが
まさにそのことによって身体の動きによって生ずる着物との隙間
どこかに生じる歪みによって
その身体の一部が微かにみえることがある
楽譜の妄想を捨て去り
合理性のなかに非合理を感じ
対称に自ずから生じた非対称を感じる
しかしひらめきをもって構造のなかの偉大な秘密の鍵穴を探そうというのではなく
その影から自らの光をつくりなおそうというのでもなく
その影に身体が入る
影のなかの光をみていくことによって
空間を本当に外側からみることができると感じる

そして光によって作り出されたみえない影の中に入り影のなかの影をみいだす
影のなかの何かをただ追っていくように弾いていくと
当の空間自体が
影へと反転するときがやってくる
そのとき光の束からこぼれ落ちた光
影のなかで再びそうした影の光が萌芽する
その身体的顕現が時にどうしようもなくやってくる
あの涙なのだろうか
遠いところから自己をずっとみている何ものかを横に感じながら
影の襞にそうように経験された一回限りの音は
光が影を通じて結晶された一粒の涙
いわば生の権力から逃れでた光の涙を誘う
私から流れ出る涙を私は本当に知ることはない
光の涙はおそらく
影だけがしっているのだ