金沢

筋目書き(二十二)

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数時間も生存できないだろう山頂に歩みすすむ登山家の薄れかけた意識のうちにあって、強靭にも保ち続けられている意思が身体のどこか残されてあるだろう。寒さを通り越した山頂のあたたかみのうちにあって、眼に写された氷河から析出する一滴の氷柱に映る光の粒に満ちてくるいま、いま、いまの断ちきられた連続に自己と世界の記憶のなだれ込んだ極微小の虚空面にすべての影が投機されてあるだろう。写真は単なる意識の記号ではなく誰のものでもない意思と葛藤の織り込まれた世界の無垢、その光像として撮られてここにある、そうであるならあらゆる死者の顔の温もりあふれる表情が宿っているだろう。写真に呼び起こされた粒子の一粒一粒が音の粒の束となって生起し躍動しながら遥か遠く知覚されない彼方へと消え去ってゆく。だがいまここに水中に映る月のように知覚の静かに蘇生し目覚めるように俄かにたち現れた鏡の水面に、あのとき撮られなかった世界をうつす写真、音にならなかった世界の聴かれる音楽が揺らぐ。カメラに撮られ音に聴かれることによって存在しだすのは、写真ではなく音楽ではない、動き続ける世界の時間の乱調にあらわれた聖なるイメージの痕跡である。写真と本文へ… to photo and read more…