出雲崎 izumozaki (14)2010
保育園の七夕の願いごとが風に吹かれてゆれていた
健やかに育ちますように
楽しい2歳が過ごせますように
子供たちがみんな元気で暮らせる世の中になりますように
きれいな海と大地がもどりますように
苦難が知らず知らずふりかかってきても
子供はそれぞれすべてを正確に感じながら
素晴らしい夢
みえない世界のなかを
生き生きと生きている
たとえばそんなふうにいつもいつも
心底おもっていられるような身体になって
知っているようで知らないような隣人に
いつもいつも接していられるだろうか
そのためには
そのつどそのつど
ことの始まりにかえって
ごく普通で豊かな自然の態度で
少しでも時をわかつ感じをもって
話をする、しない
その人といたという感触が
わずかでもその場にのこるように
繰り返し繰り返し
ある振幅のなかの
だが変化に富んだ
身体の受けこなしを
もらい与えながら
続けられるかどうか
そうやって日々を生きているのだけれど
繰り返し繰り返してもあるとき
出会うことのできた一千人のなかの
たった一人との出会いが
続けて育ててきた何かとの別れ
一人との出会いが
すべてをはじめからやり直させる
それでもそうやって
その次の見知らぬ隣人と
深く接することができる
そしてまた一千人と出会い
また一人といつか出会う
そうして継続して育て上げられるような
決してみえないものが
いったいどんなものか
私には想像できないでいる
こうして書いているだけでは何も形に残らないのだが
毎日たくさん書いているカルテは記録であり臨床の場そのものではない
だが書いたものの見返しによって肌の症状の記憶の肌理が蘇生する
その繰り返しまた繰り返し
決して聴こえない音楽がそのとき、ある音楽を導き
決して撮られない写真がそこで、ある写真を導く
そういう感触、記憶の肌理の出来事について
最近はずっと思っているようだ
クレーはその決してみえないものをみえるようにすることを重んじたという
彼の作品はすべて過程のなかにあるということだ