carmona(4), spain 2008
京都先斗町の小料理屋の夜
数年前の妻の記憶と店の佇まいが
私たちを向かわせた
六十年続いているというお店
常連という地元の年配のサラリーマンの方々数人と
店を切り盛りしてきた三代目のお上さんと
大切な時を過ごさせていただいた
握手が苦手というお上さんは
最後に本当に強くしっかりと私たちの手を握ってくださった
私たちのために明朝早く
とある寺社で祈願をしてくださるという
言いようのない感謝の念がこみ上げる
カメラなど最初からかばんに隠していたうえに
筆舌に尽くしがたいようなあまりにもいい時が流れて写真など撮りたくなかったけれど
京都にぜひともっていった父譲りのニコンF2と24ミリでしまいにはどうしても撮りたくなって
バシャリバシャリバシャリと何枚か撮らせていただいた
音楽のない人の話し声だけがしている小さくて静かな店内
メカニックなシャッターが心地よく響いた
流れた時間と思いがうつる写真でありたいと思った
時はかくもゆるやかに流れるものだろうか
この夜の宴以上にゆるやかに時が流れたためしがあっただろうか
決して忘れることのできない京の昨夜
夕暮れで紅色をした大気につつまれた犬山へかえってきた
この可能性を秘めた地はすでに私の生活の拠点となっていた
犬山という城下町と京都
各々の文化と時代の曲がり角
一つの問いが課せられた思いがした
carmona(3), spain 2008
出会いとは偶然であり必然である
そういう形のなかに出会いは存在している
互いの希求がねじれの関係にあり
ねじれの位置に垂直な磁力が働くとき
偶然の出会いはまさに必然的なものとなる
それは突如としてやってくる
大きな驚きとともに
ごくまれであるとしても
決定的な出会いはそうしてやってくる
そうした出会いの感触は
ある決定づけられた方向性を内に含んでいるだろう
同時に出会いの決定性の質を見定める先鋭的感覚が常に求められている
そのために「今ここ」にいつ何時も立っていなければならない
一見相反する事柄
一つの行為がその両面をもつ
そのようなあり方がある
伝承を守り抜くことと同時に
広く遠い世界に身を開くあり方
偉大なる意志と確固たる実績
厳しくも楽しくもある道
様々な下積みと丹念な努力を経て可能となるあり方
大きな心と確かな具体的経験がなければ
まさに不可能であるようなあり方
それは一人ではできない
長い年月をかけて培ってきたものを
短期的利害関係のうちになくすのではなく
人と人との関係に立ち返って
ものをものとして残していくこと
曲がり角にあっても
脳みそを駆使して
経験に裏打ちされた実績に照らして
ある一筋の道をさぐるように見出していくこと
誇りのなかに眠っている意志を強固にして
意志を開放し
断固たる決意と柔軟な思考で
文化を残していくこと
古いものを守ると同時に
時間をじっくりとかけて改良し時代に問うて
古きよきものをよき形にモディファイして
次世代に本質を伝えること
何世代もかけること
先達に学ぶこと
常に次への礎となること
可能性を追求すること
前を向いていること
知恵をしぼること
関係性を大事にすること
人に丁寧に接すること
言うべきときに言うべきことを言うこと
実行すべきときに実行すべきことを実行すること
生き方としての哲学をもつこと
等々話は尽きない
風の溜まり場と風の通り道
風の哲学の窓はそこにある
ねじれの出会い
そして
ひらめきと夢をもって
現実の垣根に
ひたむきで多様な
風を通すこと
carmona(2), spain 2008
木曽川の勾配の緩やかな流れから急峻な流れへの変化を観察していると
無数の水の飛沫が跳ねている
定められた法則から時に完全に脱して変化しつづける文様
時の移りのなかにきえる水泡
時空のなかに没入し光を光として感じなくなるとき
あらゆる段階の秩序と無秩序のなかにたちすくむ
山から聴こえてきた低音を響かせた風
光の粒でほのかに明るみをなしている夕闇のなか
風は轟音とともに微明のなかに消えた
澄んだ心で
むこうのまだ光のあたっている山の木々を
川縁で激しい川の流れを
微明のなかにはっきりとみる
微分された山川
そこにふく多様な風のなかに聴く
そこここにある人々の匂いを
微明の相の変化をその内部に捉えるのではなく
全く新しく微明のなかに吹く風を聴いて
与えられた問いの定めを解き放つ
音と光を人々へと橋渡すために
風の微分
それは水であり木
風の積分
それは川であり山
carmona, spain 2008
木曽川のむこう岸
幾重の森と林と木々
影の山
風
薄曇りの夜空と境する
山の端にうごめく息吹
一と全と無の境目に
その音は有る
時に一という風
時に全という風
時に無という風
風の音に一が乗り
全が託され
無が運ばれる
風の音を
聴くことから