前橋 maebashi, japan, 2009
言葉にアーティキュレーションがあると
言葉の意味の外側の
言葉の艶の変化に心うたれる
声の艶、音の艶と言葉の艶が同次元に存在して
言葉の艶が意味を支えて
一度意味から遠くはなれて
再び声と音の艶のなかに
豊富な意味が戻ってくる
人間にとって音楽は
意味をもたない意味であって
分からない何かを分かるためではなく
分からないものをつくることでもなく
分からない場がつくられること
そのことによる身体と精神のフィードバックだ
積み重なるフィードバックが
人間の多様で太い幹をつくりあげる
音の修行を続けることは
音に支配されず言葉に支配されないために
意味なき場所へと自らを追い込む
そして追い込まれること
音の時空と生命の時空が掛け合う
音と耳の摩擦が真に生じる
その豊穣さのために
息をして生きる
意味なき意味を鍛える
paris(3), france 2008
赤ん坊の
物理的な軽さと相反する重力の重み
豊かな顔の表情とまだ細くもろそうな足
その拮抗に存在と生命の磁場が表出する
音の際に力がある
捉えきれない
過ぎさってゆく
もうここにはない
音をひそひそと
捉えようと
奥底の方で唸りをあげている
三頭身大の脳の中に含蓄された
遥かなる故人の智慧と身体と遺伝子のなかで
わずかにこの身体が
その産声の際に
宿る魂に触れる
音の磁場とは非なるもの
だが音の際で唸りをあげている
生命の磁場と楽器の
すれあいが音
木目に覆い隠された空間
その気の軽さの揺れるなかに響く低音
垂直にうまれる時間
コントラバスの磁場は
低音によって産声をあげる
産声から音楽が始まるとすれば産声を
創造することが不可能であるその産声を
どうつかまえるかではなく
音を生み出そうとする力に逆らわず
こうあるしかない方向が出現する産みの
手まえにある身体の内部を
聴き続ける
時間軸に抗して
脈打つ連なりを感じて
数世紀前に生きた人間の顔を思い描くように
paris(2), france 2008
泣いている子が音楽に聴き入って泣かなくなっていく驚き
音の豊かな経験は身体に大きく語りかけている
その劇的なる変化の始まりは
子の遠視した眼の内側に耳の記憶が宿り
子の耳が子の眼に語りかけて
子の焦点のない眼によって
直観として察せられる
そうして同じ音楽の時空に入り経験するとき
音は場の動きと変化そのものをもたらすための最も優れた媒体である
容易にそのことが理解される
音楽は生とともに向かう
失われたものへと
ここを離脱し
ここへ回帰するように
楽器は失われた生を
生きて奏でるための箱
万有引力に抗するほどに軽い
楽器は失われたものの代弁者であり
音楽は最も身近なる伝道者である
音の場の動きのなかで固定された時空は融解され
その揺れる振動と大気のなかに死が呼び込まれる
その生きた循環のあらわれと流動性のなかに
子の耳は生命力あふれ
ただ浸されている
生死の境目から吹いた息吹が
人間と楽器を介して
ただひたすら音を運んでいる音楽の
素晴らしさ
paris, france 2008
夜明けに子を授かった
満月のアルハンブラに宿り
満月の犬山に無事生まれた
導いてくださった
すべての方々に深い感謝を
助産婦さんと担当医師には心からの御礼を
sevilla (9), spain 2008
巣をなくした燕の羽の動き
断念し離れていくように
脱していくように
表出された音のリズム
離脱音の力
生命維持の意思力と
別なる生への契機
離脱音の跳躍
そのリズムは生命を欠くことはない
燕の意思を鳴き声に感じ
羽の躍動にリズムの絶対性を感じる
すべては感じ取ること
胎児の鼓動もまた絶対的リズムのなかにある
心音の倍音とともにあるその自然発生的なリズムは
ずれを内に潜ませ次への躍動を溜め込む
血液の離脱生成反跳する自発的鼓動
離脱を促したリズムは再び刻まれ
心臓は無償で打ち続ける
燕は古巣にかえり再び
似て非なる時空を生成する
音楽という命の息吹の一つの力は
時空の離脱生成の運動であり
絶対的リズムの表出である
離脱をはかるために音楽的本質への希求がある
同時に離脱することはリズムの誘発であるだろう
そして言葉の離脱
すなわち言葉のリズムの誘発のなかに
詩の生成の萌芽があるだろう
人間にとっての音楽があるのならば
音楽は必然的に詩を含むものであるだろう
日々の鍛錬として書き続けること