出雲崎 izumozaki(4)2010

Pasted Graphic 26

早朝に起きてしまったので、少しまた道元を読む。

井上ひさしさんが道元について触れた文章で、どこかでこんなようなことを書いていたように記憶しているが、言葉の保守性を打ち破るためには内的経験を書くしかなく、精神という名の劇場のなかでその心の、各々の特殊な具体性を帯びて綴っていくことだ。

そういう個性が、培ってきた社会性を一旦排して、特殊であればあるほど、個性を超えて広がりをもつ。没個性的なものから入ると逆に個性が浮き出る、おもしろいものだ。

社会を知っていきながらも、知れば知るほど、社会的に形成された言葉の通念(科学の言葉ももはやそれと似ているところがあると思うのだが)、 約束事のたちの悪いこの邪悪な人間の言葉を脱して、 社会の形成物ではない言葉の場所に、道元は結局のところ至らなくてはいけなかったのではないか。

当時の人間社会の厳しさと堕落さ加減を道元の言葉は裏付けているように思えてくるし、時折今の状況と重なって、道元も同じ一人の感情ある人間だったのだと思ったり、やはり切なくもなる。

道元にしかわからない、彼が絶対に言葉にしなければならなかったもの、その心の動揺と発見を綴った言葉を体験するということは、道元の心のなかにその難解な言葉を通じて分け入っていくことであり、その感動とか発見を私自身のなかの精神に呼び込んで、私自身の精神という畑を耕していくことだ。

道元自体が一つの理論、その運命を背負っている、理論自体が生死のように常に新しく生まれては死んでいく。道元を読む時、その言葉の運動にあとから追随する暇はないから、忙しく読むか、一文に一年あるいは一段に一生をかけるか、そのどちらかが道だ。

そうしてみると道元は伝えようとするということより、やはり発見をそこにとどめるために言葉を発しているように思える。自分にしかわからない言葉で、とどめなくてはならなかった。芭蕉の俳句とはまた違った言葉のあり方で。

他者を容易に受け入れようとしない言葉の厳しさ、そのあまりにも難解ではあるが透明の細胞膜のような場所を通じて、多くの他者の具体性と普遍性がともに透けてみえてこようとする。この言葉の運動はそれ自体がすごいものだ。

言葉の羅列、無意味のなかに浮かび上がるもの。言葉という襞の表裏。言葉のつくる空間がそこらじゅうに開け広がっている。時間すらも否定され、時間のない空間は、ゼロの発見が無限をもたらしたと同じく、そのまま時を超えて現在であり続ける。

音の襞をつくることにおいてもこのあり方はやはり示唆に富んでいるし、写真はそもそもが機械の写し出した世界の一枚の襞を平面にしてみせているようなものだから、当たり前すぎてかえって難しく扱いにくい。そこが写真のおもしろさでもある。道元は違うアプローチで同じところへ行くために十分な方法論を内包した言葉。しかも単なる言葉の羅列といってもおかしくないこの滑稽さ。

言葉の身体を通じて我が身にどうこの言葉を乗り移らせることができるか。技術の真似をしていてだんだんできるようになることもあるが、それだけではやはりそれにとらわれていて到達できない、深いところでの技術を超えた変化、個のいびつさが個のいびつさに繋がる場所、一つの大きな精神性のようなものを私は今、道元のなかに探し求めているのだ。

良寛から掘り起こされたとはいえ、たとえるなら、またしても一つの長い旅。老荘、ペソアのときもそうだったが、なぜ大事なきっかけがこういう文字や言葉なのか。好きな写真や音楽や医者の経験から大事な要件を抽出していく過程において、各々の分野の偉大な先達から学ぶことももちろんあるけれど、そうではない言葉の先達から大きなきっかけや示唆や発見のようなものが与えられ、それが自分の鏡となるのはなぜなのだろうか。たまたま今、道元が私にとって契機として都合が良かったにすぎないのではあるが、とにかく深くてしかも見方を変えればしごく浅いようでもあり、面白い。

朝は頭が働くように思える。夜は一日中他人と会話して精神を使い果たし、より没個性的になっているためか、個の活力がどうもないな。何かを書き留めるには朝、とりあえずでもパっと書いてしまうのがいいかもしれない。